03 10月

美味しい?まずい?  ―江戸時代、長崎出島における日蘭料理交流―

リレーブログ第二回目は、日蘭交流史を研究している白石広子さんです。

今回は、「食」にまつわる興味深いお話です。
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1641年に平戸オランダ商館は江戸幕府によって引っ越しを命じられ、長崎出島に移転しました。その後1855年まで214年間の長きにわたってオランダ商館は出島にありました。衆知のように日本とオランダの交流はヨーロッパ諸国の中で群を抜いて長く、深いものだったのです。

江戸時代の商館員は出島でどのような食文化のもとに生活したのでしょうか。

例えば下級商務員、船員の場合を見てみましょう。これは幕末に渡来した有名なオランダ人医者のポンぺ・ファン・メールデルフォールトの蘭領印度医学会紀要に載せた報告書に書かれたものです。

「食べ物は米にカレーソースと魚を副えたもの、鹿肉のスープ、野菜、鶏卵、豚肉などで、昼食は人参、鶏卵位、たまに朝夕は上等の白パンと茶、それに揚げた魚や蒸し焼きの鶏などがつく」とあります。
オランダでは伝統的に朝食、昼食は軽くすませ、夕食に重点をおいた食事をし、食事の間にコーヒ―、紅茶、酒などの嗜好品と共に軽食をとるという食習慣をもっていました。
西明眞理氏の研究によると、オランダ料理を以下のように分析しています。

  1. 野菜がもっとも重要な位置を占める
  2. 質素で炭水化物と脂肪にとんだ家庭的な料理
  3. 菓子の種類が豊富
  4. オランダで最も一般的な飲み物はビール、ワイン。ハチミツ酒である。ワイン、ブランディ、ジンは初め薬物として用いられた。リキュールのような甘い飲み物は女性用とされた
  5. デザートは食事の重要な位置を占めた。スープや豆料理といった質素な食事はデザートによって完全なものとなった。デザートとは各地でとれる自家製材料を使って、作られた堅いケーキのようなもの

こういう料理はオランダの風土と密接に関係があります。気候の厳しさ、重労働、日射が少ないことで甘くて高カロリーの食物が求められたようです。

ただ野菜を重視する食習慣は日本になじみやすかったのかも知れません。

オランダ料理はテーブルを使うので別名「ターフル(テーブル)料理」といいました。
ビール、アラキ酒、チンダ酒、馬鈴薯、パイナップル、パセリ、不断草、チシャ(サラダ菜)、チョコレート、ボートル(バター)、トマトなどはオランダから伝来したものです。

オランダ商館の上級商務員(商館長、次席館員、荷倉役、上筆者(書記官)医者、簿記役など)がオランダ正月などで食べた料理が次の2枚の図に再現されています。


森島中良『紅毛雑話』はこれらと共に21種の料理レシピが載っています。


(『長崎出島の食文化』親和文庫 1993)

1,2図を見ると広く日本人の中に入りこんでいた南蛮料理や南蛮菓子を、取り入れてより洗練を加えオランダ料理として供応料理に仕上げたものが、いくつか見られます。

南蛮料理とはオランダ以前にキリスト教布教のために日本にやって来たポルトガルやスペイン人が伝えた料理のことをいいます。オランダ人と違ってしばらく市中に日本人と雑居していたために、ポルトガル語や料理も人々の中に広まったものと思われます。

例えばヒリョウズ(がんもどき)てんぷら、ヒカド(鮪、大根。甘藷を混ぜて煮て醤油で味をつけたもの)牛肉調理、豚肉調理などです。南蛮菓子はカステラ、金平糖、ボーロ、有平(アルヘル)糖、カルメラ、ビスケットなどがあり、現在の我々にもなじみがあります。

上記図中にもビスケットやカステラ、牛や豚の料理などが並んでいます。

パンもポルトガル人から伝えられたもので、長崎には既にパン屋さんが多く存在し、オランダ人はこれを利用していたようです。今のパンと違って、酒蒸し饅頭のような仕上がりで、日本人には特に珍しいものではなく、人気がなかったと伝えられています。

商館には「出島くずねり」と呼ばれていた3人の日本人調理人が奉行所から派遣され、その内2人の「くずねり」がカピタンの江戸参府に同行したようです。こうした「くずねり」が西洋料理の伝播者だったのです。南蛮料理をオランダ風に工夫して洗練させ、日本にある魚や野菜を料理のレシピに加えたのも、もしかしたら「くずねり」の仕業だったのかもしれません。こうして出来た本国とは少し違った出島オランダ料理を習得した料理人が、明治以降今に至る日本の西洋料理のルーツだったのです。

商館員達はオランダ本国の食習慣に従いつつ、日本の食材を味わい、日本におけるオランダ料理で大いに食事を楽しんだと想像されます。その陰には日本人「くずねり」の力があったと信じたいものです。日蘭交流の舞台は出島オランダ料理を通しても繰り広げられていました。

参考資料
『長崎料理史』和田常子 柴田書店 1958(昭和33)
『日本食物史下』笹川臨風・足立勇 雄山閣 1973(昭和48)
『日本食物史』江原絢子・石川尚子・東四柳祥子 吉川弘文館 2009(平成21)
『長崎出島の食文化』料理再現図 親和文庫 1993(平成5)
「出島オランダ商館における西洋料理に関する一考察」西明眞理
『日蘭文化交渉史の研究』板沢武雄 吉川弘文館 1959(昭和34)
『長崎料理』「百花繚乱の長崎料理」脇山順子 長崎新聞社 2005(平成17)

次回は、寺町さんのブログです。

お楽しみに!

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