15 12月

我が青春時代のオランダ

リレーブログ第4回は、会長の村岡さんです。オランダには特別な思い出があるそうです。その思い出とは??

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会長とは名ばかりで、オランダには住んだこともなく、同国についての知識に乏しい私には、これまでの執筆者のような立派なご報告をするような材料を持ちあわせませんので、オランダに纏わるごく個人的な懐旧談をひとつだけ。

もう50年以上前の1963年(昭和38年)、私は、当時は未だ西ドイツだったフランクフルトに遊学中でした。学生の身分で、お金はないけれど暇はありあまるほどありました。丁度ボン大学に留学されていた高校時代のドイツ語の恩師であると共に、勝手に兄貴とも恃んでいた村田経和先生のお誘いにのって、ベネルックス3国を回る旅に同行させていただきました。村田先生は、旧日本陸軍の公式銃として評価の高い「村田銃」の開発者である高名な薩摩藩士村田経芳の曽孫です。残念ながら2011年に逝去されました。先生の他に、後に上智大学で教鞭をとることとなるヨープスト氏も一緒でした。

さて、先生の中古の“通称かぶと虫”フォルクスワーゲンを駆って、ベルギー・オランダ・ルクセンブルグを回る気儘な3人旅がはじまりました。泊まりは、ペンションとか、町の郊外のプチホテルがほとんどでしたが、ちょくちょく3人部屋を利用しました。そんな時のヨープスト氏の村田先生に対する態度は、まるで寄り添う恋人のようで、その何とも言えない艶めかしさに、慣れない私はハラハラドキドキ、戸惑うばかりでした。でも、心配ご無用、実は村田先生には、既にお付き合いしていたインゲボルクさんの存在を、私自身が知らなかっただけでした。インゲボルグさんは、当時ボン大学に在学中、その後先生と結婚、日本に来られて、現在はいわゆる「外人タレント」として活躍。先年、NHK朝ドラ「マッサン」ではヒロイン・エリーのスコットランド人の母親役で出演されました。

城壁と渓谷の城砦都市ルクセンブルクは、あっという間に一巡り。

ベルギーのブラッセルでは、旬のムール貝を文字通りバケツ一杯、白ワインとともに堪能しました。

そして愈々オランダに入国。ハーグ、アムステルダムを観光して、旅の最後に赴いたのは、ドイツとの国境に近いライン川沿いの街Arnhem。アーネムと云いますが、当時はアルンヘムともアンヒムとも発音していたように思います。「だまし絵」の版画家M.C.エッシャーの生地でもあります。

その郊外デ・ホーヘ・フェルウェ国立公園内には、「クレラーミュラー美術館」があります。ドイツの実業家夫妻が収蔵していたヴィンセント・ファン・ゴッホの絵画を主体に、1938年に開館した美術館です。「ゴッホの森」と呼ばれる、森というより、幾分荒涼とした疎林の中の「ゴッホ美術館」は、アムステルダムのそれと並ぶ「二大ゴッホ美術館」ですが、近年の研究によると、贋作とされる作品も相当含まれると云うことです。これは、先日、吉屋敬さん(ゴッホ研究家で、オランダ在住の女流画家。作家吉屋信子の娘さん)から伺ったことです。

さて、私に関しては、この美術館の中のトイレで、なんと、大事に首にかけていたロケットを失くしてしまいました。その中には、当時先を約束していたガールフレンドの写真が納まっていたのです。何故かその時から、急に彼女が遠い存在になってしまい、とうとう約束も反故となったのでした。若い時分にはよくあることでしょうが、このことから、オランダは、私の人生の転機ともなり、同時に苦い重荷ともなっています。

つい先日、当時寂しく綴っていた、その名も「続・孤独の詩集」の中に、その頃の心境を歌った一篇を見つけました。限りなくお恥ずかしいお話しの更に恥の上塗りともなりますので、掲載は遠慮して、これで次の方にこのリレーブログを引き継ぎたいと思います。

写真:水迫尚子

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次回は世話人の鈴木さんです。お楽しみに!