知られざるオルガンの国

オランダというと、チューリップの国、運河と風車のある国というイメージが強く、オルガンの国である事はあまり知られてはいません。しかし、オランダには「Nedrland Orgelland」(オルガンの国オランダ)という言い回しがあり、スペイン領ネーデルラントだった15世紀頃から、オルガンの先進国として栄えていました。今日に至るまで、手工業的なオルガン製作の伝統が息づいており、修復保存されている歴史的オルガンの数や年間を通して開かれるオルガン演奏、オルガン愛好家の数などは、ヨーロッパの中でも群を抜いているのではないかと思われます。

オランダの書店には、「オランダのオルガンめぐり」と題されたガイドブックやオルガン専門の月刊誌など、オルガンを紹介している本がたくさん並んでいます。本だけではなくレコード店にも、オランダ各地の教会で録音されたオルガン曲のCDがたくさん並べられており、オランダには紹介に値するオルガンが数多く存在していることをうかがい知ることができます。

 

思い出の教会オルガン
私がオランダの教会オルガンに接したのは、オランダの古都デルフトを訪ねた折り、マルクト(市場)広場にそびえ立つニューケルク(新教会)の扉から漏れてくるオルガンの音に誘われて中に入り、鳴り響くオルガンを目の当りにしたのが最初でした。

デルフトは、デルフトブルーで有名な陶器「デルフト焼き」の産地であり、画家フェルメールが生涯を送った町として知られています。町の中で真っ先に目につくのがこの新教会です。1396年から約100年かけて造られたというゴシック調の建物で、108メートルの鐘楼がそびえ立っています。この鐘楼に上ると、デルフトの人々がオランダ一番の眺めという、運河に沿った美しい町並みを見下ろすことができます。

 

教会の聖歌壇の下にある棺には、オランダをスペインからの独立に導いた建国の父と言われるオラニエ一世(スペインの王の命により暗殺される)が眠っており、王室代々の墓所となっています。また、国際法の父として歴史上有名なグロチウス(ドイツの法学者、戯曲家、詩人、自然法哲学者)もここに眠っています。

教会でもらったリーフレットによると、ここのオルガンは、1837年から1839年にオルガン・ビルダー(オルガン製作者)、ベッツによって作られたもので、オルガン規模を示すストップ数(音色を変えるスイッチ)が50個、パイプ数が3000本というものでした。教会オルガンとしては大型の部類に入ります。誰のオルガン曲かわかりませんでしたが、教会の空間いっぱいに響き渡る音の調べに感動し、思わず鳥肌が立ったことを今でも鮮明に覚えています。

ヨーロッパの各都市には、旧市街と呼ばれる昔からの町並みが残されています。その中心部はオランダではセントラムと呼ばれ、そこには教会と旧市庁舎があり、市場が開かれるマルクト広場があります。こうした場所を訪れると、教会の高い塔から鐘の音や、カリヨンの音が響き渡る賑やかな光景を目にすることができます。そして、教会に入ると、そこには豪華な彫刻で飾りつけられた立派なオルガンがそびえ立ち、時には荘厳なオルガンの音が響き渡っています。その姿と音にすっかり魅了された私は、オランダ滞在中にオランダの主な都市の教会オルガンを訪ね歩くことにしました。

 

オランダのオルガン小史
オランダになぜ立派な歴史的教会オルガンがたくさん残っているのか、その歴史をひもといてみることにします。

 

16世紀後半、オランダにはニーホフというオルガン作りの一族が住んでいました。また、オルガンの作曲・演奏家としてスウエーリンク(1562~1621)という世界に誇る巨匠が活躍していました。しかし、皮肉なことにこの時代に宗教改革が起こり、オランダの教会はそれまでのローマカトリックからカルビン派に転向、宗教会議でオルガンはその教義に反するとして使用が禁止されました。

改革を主導したカルビン(フランスの宗教改革者。1509~1564)は、芸術に理解を示さず、礼拝では一切の楽器演奏をなくし、聖書言葉を歌うことだけを認めたのです。このためカルビン派の教会ではオルガンが鳴り響くことはなかったと言われています。イギリスの清教徒革命当時も同じことで、それまで「神に近づくための楽器」としてきた教会オルガンを「悪魔の楽器」として取り壊しまで行っています。

こうした時代の中で、オルガン好きのオランダ人は知恵をはたらかせました。それは、オルガンの所有権を教会から市に移し、市の管理でオルガニストもオルガン制作者も雇用し、礼拝とは無関係に演奏することにしたのです。この方法でオルガニストもオルガン制作者も活動の場を失わずに済み、今日までオルガンを残すことができたのでした。

アムステルダム市専属のオルガニストになったスウエーリンクの仕事は、日曜礼拝の前後1時間と平日の午前・午後1時間、教会で市民のための公開オルガンコンサートを行うことでした。17世紀に入ると、再び礼拝でオルガンが使われるようになるのですが、マルクト広場で市が立つ日などに市民のためのオルガンコンサートを開く伝統はその後も続き、現在でもチーズ市で有名なアルクマールやハウダ(ゴーダ)ではこうしたコンサートが行われています。

 

17世紀は、オランダの黄金時代といわれ、経済・文化の発展がめざましかった時代です。オルガンの制作面でも、多くの製作者(ハーヘルベール・ヒンツ、モロー、ミュラーなど)によってオランダ各地に大規模なオルガンが作られていきます。 18世紀に入ってもその勢いは続き、アルプ・シュニットガー、フランツ・カスパルなどにより、壮麗なオルガンが作られ、その流れは19世紀以降へとスタイルを変えながら続いています。

 

オランダの教会オルガンの概要
オランダ各地の教会オルガンは、それぞれに修復を重ねて音を維持したり、パイプの本数を拡張したりするなど、様々な歴史の上に現在の音があります。また、オルガンケースや彫刻に工夫を凝らし、どれひとつとして同じものはありません。ひとつ一つがオルガン・ビルダー、オルガン・デザイナーの芸術作品と言えます。

各地の代表的なオルガンを挙げてみましょう。楽器として、美術工芸品として、また一種の建造物として、聴覚、視覚の両面から味わうことのできるオルガンが数多く存在しています。

17世紀のオルガン
・アルクマール「聖ローレンス教会」
・スヘルトヘンボッシュ「聖ヤン教会」
・ドルドレヒト「聖母マリア教会」
・エダム「聖ニコラス教会」

 

18世紀のオルガン
・アムステルダム「アウデ教会」(旧教会)
・ハーレム「聖バヴォ教会」
・レーワールデン「聖ヤコブ教会」
・ズヴォレ「聖ミハエルス教会」
・カンペン「聖ニコラス教会」
・ハウダ(ゴーダ)「聖ヤン教会」

 

19世紀のオルガン
・ナールデン「聖フィートユス教会」
・ユトレヒト「ドム教会」

 

20世紀のオルガン
・ロッテルダム「聖ローレンス教会」

 

田中 強
元ロッテルダム日本人学校長。著書に『青きポルダーの輝き』(創友社)、『遥かなるオルガンの響き』(牧歌舎)がある。