これは千葉県佐倉市にあるオランダ風車デ・リーフデ(De Liefde)を精密に1/20に再現した動くスケルトン模型のお話です。
1994年、佐倉にオランダ風車デ・リーフデ(De Liefde)が完成して以来、私はオランダ風車に憧れるようになりました。そして翌年、オランダのライデンにある風車デ・ファルク(De Valk) のキャップ(頭頂部)内部まで登ったのです。外観から受ける何か女性的な美しさ、その内面の素朴で屈強なメカニズムは強烈な印象を残しました。その後、私は、たびたび風車内で説明役を引き受け、オランダの友人たちから贈られた風車の本から学んだオランダ風車の種類と用途、種類別の内部構造図、オランダのデータベースから拾って作ったオランダ風車地図などの解説パネルを何種類も作り、デ・リーフデの内部に展示したりして、説明に役立ててきました。
風車は風力のみを利用したエコの極致である動力装置です。私はそのメカニズムが動いている様子を人々に見せたいと思うようになりました。本来はDe Valkのようにキャップ内部まで見られればいいのですが、デ・リーフデの場合、一般見学者は2階までしか入れません。オランダでの「危険は自己責任」というコンセンサスのあり方と、日本での意識との違いもあるのでしょう。
”動く”模型製作に着手する
オランダとの縁の深い佐倉にこそオランダ風車の骨格模型を置いて内部の仕組みを見られるようにしたい。そう思うようになった翌年の2014年がデ・リーフデの建設20周年に当たるので、「これを記念にしよう」 と友人の菅勇二氏に製作を提案しました。菅氏はパソコンと竹細工の名手で、2年ほど前にやはり私が持ち掛けてデ・リーフデの1/50の模型(現在佐倉市長応接室に飾られている)を作ってもらった経緯があります。ところが市役所にも市の観光協会にも、風車そのものの設計図がないことが分かり、市から借用できたのは設置場所の地割図面と塔屋部分の図面だけでした。風車は各パーツともオランダからの輸入品で、佐倉では組立て工事だから設計図は不要だったのでしょう。
私は、デ・リーフデ建設当時に知り合ったオランダ風車製造会社・Verbij Hoogmade社の、Lucas Verbij社長にメールを送りました。「……風車デ・リーフデ建設以来、私はしばしばオランダ風車の説明役を行なうが、キャップ内部の構造を見せられない。来年は風車建設20周年に当たるが、内部のメカニズムが見える動く模型があれば更に風車への理解が深まるので、それを作りたい。それには、風車の各パーツの設計図が必要だが、市役所には地割図面しかないので、ぜひ設計図を貸していただきたい。オランダ風車の素晴らしさを人々に知らしめる極めて教育的なこのプロジェクトに、ぜひご協力いただきたい……」。
20年間も会っていなかったLucas社長から、すぐにメールが来ました。「たいへん嬉しいことだ。20年も前の設計図なので探すのに時間がかかるが、メールに添付して送る」。その後何カ月間かやりとりがあり、2013年9月に、17枚もの設計図が送られてきたのです。私も菅氏も狂喜しました。
油まみれの計測
しかしその17枚には肝心のキャップ内部の図面が欠けていました。Lucas社長からは、「実測した方がよい」 と言われ、市の許可を得て二人でデ・リーフデの最頂部のキャップに登りました。直径3メートルもの巨大な大歯車と1階まで突き抜ける縦の主軸の小歯車とのギヤの細かな部分や、歯車の回転を制御するブレーキ構造の寸法、キャップ全体の木製躯体部分の寸法などを、二人は真っ暗なキャップの中の危険な足場を、ヘッドランプを頼りにそろそろと渡り歩いて、埃と油にまみれながら巻き尺で測定して回って図面にしたのです。
設計図中の用語や説明部分は英語混じりのオランダ語で書かれており、訳語も自己流でしたが、工学士の菅氏により、1/20の模型用設計図が彼のパソコンの中に描かれ、ほどなく各パーツの製作が始まり、約9か月をかけて2014年5月にこの模型が完成しました。各パーツの製作は、菅氏の独壇場で私は驚嘆し傍観するだけでした。
- 上部の大歯車には64本の歯が垂直方向に11度、直角方向に5度傾いた角度で埋め込まれていますが、菅氏はそれを再現するために精密工作用のボール盤さえ購入したのでした。
- 木工部品の材料には、堅い桜材や竹の表面部分などを用い、彩色も本物と全く同様です。
- 地上から風車守が紐を引くとブレーキが解除されて風車が回り始め、もう一度紐を引くとブレーキがかかり、羽根の回転が止まります。この重要な分銅役をするサーベライザーと呼ばれる部品は、溶かしたハンダを成型して作りました。このサーベライザーが振り子のように揺れて、地上からロープによるブレーキの入/切を操作できます。
- 羽根の主軸に差し込んである桟の差し込み角度も少しずつ変えられ、羽根にきれいなひねりを生みだしています。
- 羽根の帆布は菅氏の奥様の労作です。模型では2枚を羽根の裏側に巻き込んで風力調節を表現しています。
- 外壁には写真を貼り付けてレンガの数までも殆ど正確に再現してあります。
- 内部には実際に飾られている説明パネルも1/20縮尺で作られ貼られています。
- 風車守がキャップを風上に向けるための舵輪操作も実際と同様に、舵輪を回して鎖と鎖止めポストによってキャップを旋回させることができます。(本物ではキャップと塔屋躯体の間には鉄製の車軸が24個もあって、旋回をスムーズにしているのですが、模型ではキャップが軽いので、これだけは省略してあります。)
- 風車守の役目をする人型フィギュアも舵輪の傍に立てました。縮尺比率で20倍すると、身長180cmに相当するイケメン男子です。彼の愛犬も1階の椅子で眠っています。
オランダの”知恵”が結晶した風車
この模型は完成後、屋外での自然風による試運転を行なったのち、床下にモーターを取り付け、各階には、LEDのランプを配置しました。模型は側面を切り抜いたスケルトン構造なので、見学者は押しボタンの操作で各階の照明灯の点滅や、羽根が回転して水車の回るところを観察できます。
現在は、佐倉市に寄贈し、佐倉市立音楽ホールの1階ロビーに常設展示されていますが、本物そっくりに羽根を風上に向けるキャップの旋回や、ブレーキ操作については、実演して見せる係員が常駐できないので、パンフレットを置いて理解してもらっています。
この模型製作により、重い分銅の揺らぎを利用したブレーキ操作方法や、シャフトの軸が全て円柱ではなく角穴と角棒で回転による緩みを防ぎ、「くさび」での調節を容易にしている技法など、現代まで生きてきたオランダの知恵と工夫の数々に、私たちは深い感動を覚えました。
2014年7月に私はオランダを訪問し、Lucas社長に模型の写真やDVDを進呈して、出来栄えに絶賛をいただきました。またオランダ風車協会にも報告に上がり、同じく称賛されたのもたいへん名誉なことでした。
佐倉の風車のご見学時には、ぜひ市立音楽ホールにお立ち寄りの上、羽根の回転から水車の回転に至るまでのメカニズムをこのスケルトン模型で確かめ、オランダ風車の素晴らしさを実感してみてください。
中島洋一郎
55歳の晩学でオランダ語を学び始め、以降学習歴27年。NijmegenのVier Daagse完歩。オランダ風車の愛好家。現在、佐倉日蘭協会理事、佐倉オランダ語クラブ代表。