01 4月

水の都 東京・オランダ

リレーブログ第6回は、顧問の小澤さんです。日本橋周辺などの水辺環境の再生に取り組む建築家らしい、オランダとのつながりを語っていただいています。
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「運河環境の再生構想」から
オランダとの関わりは、12年前の2004年から始まりました。東京で開かれた国際シンポジウムに、市街地環境を再生させる構想の一端である「水辺環境の再生」をテーマとして参加、そこで、当時のアムステルダム都市計画局長の講演を聞く機会がありました。その後、一緒にゴムボートで日本橋川などをクルージングし、局長に小生の日本橋川など水辺環境の再生構想図の絵葉書を手渡しました。それが、オランダとのきっかけです。

その構想図は、運河の下に地下総合都市基盤をつくり、高速道路などの交通施設、水道や電気などのライフラインとともに商業施設をつくるという、採算性や利回りも考慮したプランを図化したものです。国内の専門家よりはオランダなど海外の方々のほうがすぐわかってくれて、ひょっとして海外で実現するかもしれないという思いもありました。その時、「近々アムステルダムに遊びに行きたい」と調子のいいことを交わしたこともあり、2年後の2006年のオランダ初訪問につながりました。

ピンチからチャンスが広がる
最初の旅は、アムステルダムとユトレヒトでした。再度オランダに行くきっかけとなったのは、信号機がないのに事故がない安全な町、ハウテンを知ったことでした。ユトレヒトの傍の町、ハウテンを見るために出かけたのは2008年。しかし、初日のアムステルダムの宿に着くなり切符や宿を手配していた旅行会社が倒産し、予約がキャンセルされている事態に直面しました。野宿になるのかと不安になりましたが、それらのピンチをきりぬく時に体験したことが、オランダとのさらに深い関わりとなったのです。

帰国2日前の宿でもダブルブッキングというトラブルに見舞われ、他の宿へ移動を余儀なくされたのですが、それが次のチャンスとなりました。チャンスとは、その宿でたまたま見た雑誌の記事でした。小生の総合地下基盤構想と同様の計画が、未来のアムステルダム市の計画として紹介されていたのです。期待していた構想の波及が起こっていることを知った歓びとともに、その内容調査のために再度オランダを訪問。その後、毎年訪問することになり、その積み重ねによって、様々な方との繋がりがさらに広がり、描いた絵の発表をはじめ、沢山の機会をいただくことができ、オランダの認識もより深めることができました。

繋がりの昔、今
3度目の訪問は、運河下の地下基盤に関する調査・ヒアリングの旅。大学院生の同行もあったので、事前のリサーチやコンタクト、通訳をアムステルダム居住の奈良さんにお願いしました。以来、奈良さんから沢山の機会をいただいております。同行した大学院生が言うには、このまま日本に帰らず居続けるのではないかと心配するくらいに、小生はオランダになじんでいたようです。小生の発想や行動がオランダ的に見えた、あるいは想像以上にエンジョイしているように見えたのではと想像されます。

時を重ねる度に、日本、江戸、東京、日本橋、室町、築地の町など身近な生活の場の環境づくりにも、オランダが深く関わっていたのだろうと想いを巡らしております。現在は、これからの技術や政策等への最先端の試行や実践、そして根底にある文化にさらなる関心を深めているところです。そうした歴史を含め、これからの世に指針を示しているオランダから得た様々な知見を広めたいと、授業や講演、論文や雑誌、展示など、機会をつかまえては、非力ながらもオランダを話題にしております。

ミラノ万博でのオランダパビリオン
昨年訪れたミラノ万博の出展でも、オランダは最先端の在り方を感じさせてくれました。

万博のテーマは「食と環境」。日本は食文化を主題として、鮨を食べる映像で訪問者が疑似体験をするというプログラムもありました。外壁を間伐材で覆ったパビリオンは、正直「?」でした。うねった龍のようなはりぼてが目立つロシアや中国のパビリオンに比べて日本は形は控えめなものの、天ぷらのころもを付けたような造りに、少し恥ずかしさも感じました。

そんな力を誇示するようなパビリオンが並ぶ中で、オランダのメイン会場はキッチンカーを周りに数台置いた休息広場でした。「Share」の表示を掲げ、パラソルや野外ステージ、簡易な池、そして牛の像だけで、パビリオンなしでした。炎天下のなか、誇示はもうたくさんだと感じる頃、気楽に休息のひとときを過ごせる「Share」の場づくり。さすが、デザインの最先端を歩んでいるオランダと嬉しく感じました。その奥には低層の目立たないレストランもありましたが、それは休む人の選択肢の一つとしての施設。そこから少し離れた裏に、芝生の斜面のような建物、オランダの農業によるバイオエネルギーの実践を見せる展示館を発見しました。実際の耕作やプラントの様子とともに、超大型の専用農業機械に乗れることもできます。新たなエネルギーを作りだす方法を、映像のみではなく、現物で体験するという説得力のある展示で、ビジネスにつなげんとするたくましい商魂とともに、次への挑戦への取り組み、啓蒙に心が動かされました。

最先端の国オランダを知る歓びと活動
あらゆる分野で最先端をいく歴史があり、現在も最先端を走る国、オランダ。教育、医療福祉、人権、弱者対応、金融、国際対応、貿易、農業、工業、交通、建設、芸術……。訪問を重ねる度に、どの分野も説得力のある新たな取組みがあり、理想の社会に向かっての実践の積み上げもあると感じます。

例えば、絵の歴史では、レンブラントをはじめゴッホやモンドリアンなど、いずれも次の時代を開く技法のみならず見方や考え方も示した先人が生まれ育ち、現在も音楽やデザインを含めて最先端の人材が活躍しています。しかし、日本では、そうした先進性や素晴らしさはあまり知られておらず、むしろ、自国を先進であると自画自賛し、既得権を守り、他国を軽んじ、学ぼうとしていないのではと感じることも度々あります。

多くの方にオランダの素晴らしさを知っていただこうと思っておりますが、力不足でなかなか伝わりません。毎土・日曜の昼、日本橋のたもとで、自動車道路で壊された日本橋川などの運河や水辺の再生事業の呼びかけとともに、オランダなどの絵も展示している野外ライブをしています。今年で13年目に入りますが、続けられる支えは、自分の心にしかないと思っております。その様子は、物乞いの演奏やホームレスに間違えられる時もあるようですが、思い返せば、故郷の環境や記憶の場が変えられ、また、いられなくなるような境遇では、小生もむしろホームレスを自覚していなかったホームレスなのだと気づきます。活動に上から目線を感じる時には、橋の下の目線でいられる歓びに変えます。

逆に自尊心をくすぐられる点は、自分が作成した構想図が、最先端の国の首都アムステルダムや最先端のデルフト工科大学が2008年に発表した内容とほぼ同様であること、そして小生がオランダの発表よりも4年前に発案・発表していることです。先進国よりも先進の構想なのではという自惚れとともに、ここだけではなく広く波及性のある実現に向けて胸を張れる思いがあります。また、組織や予定調和では得られない、思いがけない出会いや語らいもあります。

日本橋のたもとで活動の姿を見かけられた際には、お声がけいただければ幸いです。後ろのカフェテラスで、出会いと語らいの時間をいただければさら更に感謝です。

 
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次回は世話人の岩波さんのブログです。お楽しみに!